9.介護サービスのPDCA
介護サービスに限らず、物事を問題なく行い、以降も継続して改善していくためには、
- 実行にあたっての計画立てをし、(PLAN)
- 計画に沿った実行と、(DO)
- 結果を把握して評価し、(CHECK)
- 見直しを行い(ACTION)
次の行動計画に反映させるという一連のサイクル(P→D→C→A)で動くというのは極めて当たり前の考え方であり、行動パターンです。
私たちはこれを日常の行動の中で無意識的に行っています。
例えば、部下の結婚式に招待され出席する場合に、「ご祝儀のこと」「会場への到着時刻」「スピーチ内容」等々、事前に考え、段取りします。この段階がPとすれば、実際に祝儀袋を用意し、新札のお祝い金を入れ、車や電車で会場に向かい、スピーチをする等がD、そして、ご祝儀の金額や渡すタイミングが適正であったか、会場には早からず遅からずに着けたか、スピーチ内容は上司のスピーチとして適当だったか など、思い返しをするのがC、これらを踏まえて次回また部下の結婚式の招待を受けた時に活かすのがA ということですが、この一連の思考過程や行動は意識せずに行われます。
しかし、これが仕事ということになると意識せずに行われなくてはならない面と、仕事として仕組まれていなければならない面とがあります。前者の「意識せずに行われなくてはならない」面は個人差があることと、不足している職員には教育や訓練によって補わなければ身につかないという問題があります。PDCAが組織的・継続的に機能する後者の「しくみ」に組み込まれることこそが大切です。
また、一般的にはPDCA(ピー・ディー・シー・エイ)という言葉が耳馴れていますが、前述の結婚式の例でも然りですが、Pが必ずしも最初ではなく、以前に体験した結婚式に招かれた時のCがあってAを経て今回のPになっていると思われますので、むしろCAPD(キャップドゥ)と考えた方が当たっているかも知れません。
以降で介護サービスが利用者にとってより良いものになるために取り組まれている、3つの業務例で組織的・継続的に機能するPDCAを考えてみたいと思います。
10.業務目標のPDCA
「目標」と「方針」を混同しない
一口に「介護サービスが利用者にとってより良いものになるため」と言っても、その取り組みの範囲や程度は広範で深みのあるものです。
一般には、組織(法人・事業者等)が介護サービス面で目指すものが、理念、ビジョン、方針といった形で示され、これを受けて各仕事(相談援助、介護、看護、栄養・調理、機能訓練、設備管理等)を受け持つ組織の単位毎(部署毎)に業務の目標設定をして動いています。この内容が『事業計画書』などで明らかにされていたりします。
これが業務目標のPです。ここで大切なことは「理念・ビジョン・方針」と「目標」を混同させないことです。“このようにありたい” “こういう方向を目指したい”というものが「理念・ビジョン・方針」であり、「目標」は“いつまでに、何を、どうする”といったゴールを意識したものと考えると、違いが分かりやすくなります。PDCAを機能させたいのは「目標」の方です。もちろんビジョンや方針も見直しをして、策定のし直しもしますが、方針やビジョンや理念は実行してチェックするということには馴染みません。ところが「目標」が「方針」的に定められているために、何を実行して、それが結果としてどうであったのかを評価し、見直しをすることが出来にくく、実際にされていないケースが多く見られます。
「目標」はゴールを示したもの
『専門性の高い介護職員の育成強化』という「目標」は、対象は介護職員、目指す内容は高い専門性ということで明確にされていますが、この目標の細部として“いつまでに、何を、どうする”といったゴールが示されていればよいのですが、これ自体が「目標」ですと、“高い”が何を指しているのか、“強化”とはどのようになることなのかが不明確なので「目標」としての達成の如何が掴めません。
『介護職常勤正職員全員を介護福祉士資格者とする』として期限を設定すればゴールが明確になります。そうすれば自ずと対象を選び出し、必要な研修を受講させ、受験させるという実行計画が決まり(つまりPができ)、実施状況や取得状況を監視し(C)、一定期間を経て見直し(A)をするというPDCAが機能する業務目標となります。
「目標」は達成状況が掴めるものであること
ある部署の介護サービスの業務目標で、『褥瘡予防のためのケアの徹底』と書かれたものがあったとします。これが目標だとすると、出来たのか出来なかったのか、十分だったのか不十分だったのかが評価できません。徹底したとも言えるし、徹底しなかったとも言えることになり、結局、『○○年度事業計画書』に載っていたその部署の業務目標の結果は『○○年度事業報告書』に、出来たことだけが記載されることになってしまいます。つまり目標自体が「方針」的な“徹底”という言葉になっているため、何がどのように出来たのかという達成状況が把握されていないのです。
この場合、目標は『褥瘡発生件数を昨年度の30%に減少させる』とし、達成のための実行計画として『排泄ケア・体位交換・臥床時や離床時の姿勢の作り方の改善方法の作成と実施』『発生状況の記録』のように内容を具体的にしておくことです。こうすれば業務目標のPDCAが回せます。
業務目標は事故や苦情の再発防止策と同様、「効果性」「実現可能性」「全体最適性」を考え、目標値30%もやみくもに定めるのではなく昨年度の褥瘡の発生原因のデータを分析し、今回、実行計画(対策)として立てた内容が原因で褥瘡が発生したものが70%近くあったのでこれを実行すれば30%に減少させることが出来る としたものでなくてはなりません。これが前述のCAPD(キャップドゥ)と言えます。
業務目標のPDCA例
下表のとおり、Pは『褥瘡発生件数を昨年度の30%に減少させる』ために『排泄ケア・体位交換・臥床時や離床時の姿勢の作り方の改善方法の作成と実施』『発生状況の記録』、Dはこれらの実施、Cは『排泄ケア・体位交換・臥床時や離床時の姿勢の作り方の改善方法の作成と実施』が予定通りの時期に出来たかどうか、また『発生状況の記録』は実施されたか、最終的に発生件数はどうなったかを監視・評価することです。そしてこれらの結果を踏まえた見直しをします。
排泄ケア・体位交換・臥床時や離床時の姿勢の作り方の改善方法を作成し実施したが、昨年のデータでは少なかった栄養状態が影響して発生したケースが今年度は増えた など見直す内容は多々出てきます。
『○○年度事業報告書』には出来た結果だけが報告されているのではなく、こうした目標に対して達成状況はどうであったか、今後見直すべき点は何か が記載されていることが望まれます。
結果も大事ですが見直しのサイクルで仕事が回っていることは更に重要なことです。
業務目標は例えば1年とか、半期といった一定の期間で定めますが、期間の途中で目標や達成手段の計画を修正することも必要です。一度立てた目標や実行計画を修正するのは抵抗があり、ためらいがちですが、むしろ進捗状況や効果性を把握しながら進めていると、修正せずにこのまま続けていても意味がないという感じが強まってくるものです。
PDCA | 内容 |
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P (目標設定) |
『褥瘡発生件数を昨年度の30%に減少』
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D (実施) | 上記1・2の実施 |
C (監視・評価) |
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A (見直し) | 目標と実施計画の継続、中止、修正について |
11.介護サービス計画のPDCA(栄養、リハビリ、口腔)
法令が求める介護サービス計画のPDCA
介護サービスはケアプラン(居宅サービス計画)、施設サービス計画、通所介護計画、訪問介護計画、機能訓練計画、栄養ケア計画といった計画に基づいて動いているといっても過言ではありません。そしてこれらはすべてPDCAを回すことが求められています。
介護保険法に基づく厚生労働省の省令で定めている各介護事業の運営に関する基準の中で、居宅サービス計画、施設サービス計画、通所介護計画、訪問介護計画の作成を義務づけています。
作成だけではなく、内容を利用者又はその家族に説明し、利用者の同意を得ること、交付することも求めています。また、PDCAのC→Aとして、実施状況の把握と必要に応じて変更する必要があることも明記してあります。
以下は、厚生省令第37号訪問介護指定基準第24条の内容です。
- 訪問介護計画は、既に居宅サービス計画が作成されている場合は、当該計画の内容に沿って作成しなければならない。
- サービス提供責任者は、訪問介護計画の作成に当たっては、その内容について利用者又はその家族に対して説明し、利用者の同意を得なければならない。
- サービス提供責任者は、訪問介護計画を作成した際には、当該訪問介護計画を利用者に交付しなければならない。
- サービス提供責任者は、訪問介護計画の作成後、当該訪問介護計画の実施状況の把握を行い、必要に応じて当該訪問介護計画の変更を行うものとする。
- 第1項から第4項までの規定は、前項に規定する訪問介護計画の変更について準用する
介護予防につながる栄養管理や機能訓練、口腔ケアにおいても、これが十分に行われている事業者に介護報酬の加算がされるという基準の中でも、計画(P)→実行(D)→評価(C)→見直し(A)が条件になっています。
厚生労働省老健局老人保健課長名の平成17年9月7日老老発第0907002号「栄養マネジメント加算及び経口移行加算等に関する事務処理手順例及び様式例の提示について」に記載されている栄養ケアマネジメントの実務に関する項目名を見ても以下のア~ケのとおり、PDCAそのものとなっています。
これは、“加算の条件のため”ではなく“そうした業務が行われている(そうしたサービスが提供されている)ものでなければ加算に値しない”という見方をしなければなりません。
介護サービス計画へのインプット
栄養ケア計画などを含めたすべての介護サービス計画は計画段階のインプットとして、十分なアセスメントがなされなければなりません。
アセスメント次第で計画が利用者のニーズに沿ったものかどうかが左右され、以降のD、C、Aが意味をなさないものになってしまいます。例えば、もともと低栄養状態であることの原因が、義歯が合わないための咀嚼力に問題があったのを、偏食による栄養不足と捉え、嫌いなものの調理法の工夫によって摂取の促進を図ろうとする目標と実施計画を立てたとします。もちろん二つのことが影響して低栄養状態をきたしていることも考えられますが、栄養ケア計画を中心に進められていくだけに、見落とされたニーズへの対応が遅れたり別の問題が発生したりします。
介護サービス計画の実施、監視と評価、見直し
実施とモニタリングの段階では監視や評価の時期と方法の善し悪しがポイントになります。課題の内容によって監視や評価の時期と方法を個々に設定しませんと良い結果を導くことが出来なくなってしまいます。
一般に、短期目標、長期目標として、2週間、1か月、3か月、半年、一年という区切りを設けますが、課題や利用者の状態を個々にイメージして丁寧に決めていくことが必要です。
監視の方法も状態の記録、数値の測定、利用者や家族の受け止め方、多(他)職種による評価などを組み合わせて行うことが望まれます。
見直し・変更の段階では、見直しや変更をした根拠・理由を明確にすること、そして十分な説明と同意を得て次の計画に進めなければなりません。
介護サービス計画は、前記の業務目標や後述します余暇・行事のPDCAと違って、個々の利用者との関係のPDCAですので常に利用者と一緒にPDCAを回していなければならないからです。
12.余暇活動・行事のPDCA
介護老人福祉施設(特別養護老人ホーム)や有料老人ホーム、デイサービスにおいて、行事、余暇活動、クラブ活動などの名称で行われている活動もPDCAを意識し、実際にこれに則っておこなわれているかどうかでは大きな違いがあります。
事故がないこと、苦情がでないこと、満足してもらえるもの、期待感がもてる という観点でこうした活動を考えると、P・D・C・Aのそれぞれが十分な内容であることと、PDCAが回ることの両者が必要です。中でも計画(P)がしっかりしていないと、そこから先のD、C、Aの機能も十分に働きません。もちろん、実施(D)の段階でも、“安全な利用者の見守り”や“場の盛り上げ”ができるかどうかで行事や余暇活動の結果が違ってきますので、これも計画として組み込んでおけばD自体も良くなります。(例えば、見守りのための職員配置、盛り上げに向いた職員を加える など)
Pの実際と要点
まず、計画ですが、計画はその行事や余暇活動に求められる機能・性能、法令・規制の要求事項、類似した計画の参考情報をインプットしたうえで詳細計画を立てていくと目的や安全性を考慮したベースができます。実際の例では次のようになります。
行事内容 | 施設の中庭で行う「模擬店での飲食と交流」(家族・近隣等からの参加あり) |
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機能・性能 |
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法令・規制 |
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参考情報 |
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詳細計画では上記の「機能・性能」「法令・規制」「参考情報」を踏まえて、次の事項を計画します。
- 開催日時(時期、開始時間)
- 職員配置(人数、役割、職種)
- 予定参加者(範囲【利用者、家族、近隣】、人数、利用者氏名)
- 模擬店・テーブル等の配置
- 準備物品(食器、箸、スプーン、調味料、おしぼり、ふきん等)
- 模擬店種類
- 費用
- 準備開始日時
- 途中降雨時対応
- 模擬店準備(業者、調理器具、熱源、食材)
- 予定表・手順書作成
行事や余暇活動の計画で欠かせないのは計画の適切な段階でレビューを行うことです。計画の問題点には、計画を進めていく段階で見えてくるものや多方面から見ることで出てくるものがあります。業者に発注した段階で不可能になるものが出てきたり、参加者を募る段階で問題が出るなど、初期の計画を見直さなければならないことは多々あります。看護師や栄養調理担当の職員による検討も必要です。こうしたレビューを必ず行い、見直し事項を記録に残し、計画自体を変更しなければなりません。また、変更した部分だけでなく他の内容にも変更の影響がないかの確認もしてください。
模擬店の種類や数を増やす変更をしたのに、模擬店ごとに配置する見守りの職員の増員を計画変更していなかったために、当日になって見守りの空白個所ができ、事故や苦情につながるなどのケースは往々にしてあることです。
次に、計画がインプットした「機能・性能」「法令・規制」を満たしたものになっているか、また、意図したものになったかを確認することも大切です。
しかし、形のない行事や余暇活動を、意図したものになっているかを実施に先立って確認するのは難しい面があります。
予行演習的なことを行う、一部を試行的にやってみて確認するのも一つの方法です。
Dの実際と要点
実行段階は、計画に従って準備と当日の実施、後片付けなどを行うことが該当しますが、要点としては、
- 予定表や手順書に基づいて実施すること
- 役割と指示命令にもとづくこと
- 実行中に出た変更の影響範囲への伝達を確実に行うこと
- 間違いや漏れがないこと
- 実行の記録を残すこと
などが挙げられます。臨機応変な対応や熱意、注意深さ、経験を活かした行動など、計画には表せない実行段階の善し悪しが行事や余暇活動の結果に大きく影響することは言うまでもありません。
Cの実際と要点
Cは計画に基づいた実行状況を監視した情報に基づいて行います。計画には日時や人数、準備品の種類・数、費用など数量的、項目的なものと、利用者や家族など参加者の満足、盛り上がりや雰囲気のような意図した計画とがあります。
Cを計画との対比で行うにはデータ的とらえ方がされていないと評価しにくく、Aが具体的に出来なくなります。そこで満足や盛り上がり、雰囲気についても一定の物差しを作ってデータ的把握をする必要があります。
- 予定通りの日時開催
- 所要時間(準備を含む)
- 職員人数の確保状況
- 参加者数(利用者、家族、近隣別)
- 模擬店食数
- 準備品不足(数・内容)の有無
- 費用
- 事故・苦情発生の有無
- 目的の到達度(満足、雰囲気)
Aの実際と要点
AはCを使って、次回の計画への反映や修正の検討が行われる機会と行動ですが、一般にはCを兼ねた反省会という形で行われるものです。
Aで大切なことは、データに基づいて行うこと、実施後早い時期に行うことが挙げられます。データにも続くといっても盛り上がりの雰囲気やデータの裏にある細かな情報は時間が経過すると正確に持ち寄れなくなります。
“参加者の中に日ごろ疎遠だった○○さんの家族がいらした” “○○模擬店は始まって20分もしたら全部なくなってしまっていた”などデータ以外の情報が次回計画に活かされることがあります。
また、行事など計画段階や実施段階に苦労があったり、大規模であったりするほど、Aは終わった安堵感から感想的なやり取りに流されがちですが、あくまでも次回へ向かった継続的改善のために次回計画を立てるくらいの気持ちで行われることが望まれます。