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1.介護事故や苦情の軽減のために

ここ数年言われ続けている介護従事者不足は、介護事故や苦情の発生に少なからず影響を与えています。介護事故や苦情の発生は、介護事業の運営や介護サービス提供のめざすところに反するものであり、多くの介護事業者が強く認識し、軽減のために日夜取り組みをされています。

そこで、本シリーズでは、日常業務の中で介護事故や苦情の発生予防策と再発防止策が組織の中で継続的に行われ、常に見直されていく「仕組み」が動き、定着することを最終目的に、介護事故や苦情を減らす取り組みの参考となる考え方と方法をお伝えしたいと思います。

一般に、事故や苦情の発生と防止をリスクマネジメント的に考える場合には、リスクの洗い出し→リスクの特定→リスクの評価→リスク対策といった段階で進めていきますが、ここでは少し考え方を変えて、逆思考をしてみます。

マネジメントシステム構築までのステップ

マネジメントシステム構築までのステップ
  1. 介護事故や苦情の発生予防策と再発防止策が組織の中で継続的に行われ、常に見直されていく「仕組み」が動くためには
  2. 対策が定着化し、継続的改善ができるためのマネジメントシステムをつくらなくてはなりません。
  3. そのためには、介護事故や苦情の発生原因に即した具体的対策が考えられていなければなりません。
  4. 対策が介護事故や苦情の発生原因に即したものであるためには、原因が正しくとらえられていなければなりません。
  5. 原因を正しくとらえるためには、介護事故や苦情が発生した(または発生しそうな)状況をさまざまな角度から見ることや、現象的・表面的な事実だけではなく、「原因の原因」的な検討をすることが必要です。
  6. 同時に、この原因のとらえ方を個々の事故事例からだけではなく、ある程度まとまった集合にみられる傾向や、集合と集合の相関関係からも見ていくことが必要です。
  7. そのためには介護事故や苦情がどういう状況下で発生するのか、またすでに発生したものについては、発生した状況を詳細につかむことが求められます。
  8. 発生しそうな状況をよくつかんだり、発生した状況を正しくつぶさにつかむためには、発生する対象(介護現場)と特徴を知っていることが大事です。

これらのステップは介護事故や苦情に限ったことではなく、リスクマネジメント共通のステップです。 1 から 8 の中では、 3 の具体的対策と 78 の発生状況に介護事業や介護サービス固有の内容があるので、如何にこの2つをしっかりとらえていくかが介護事故と苦情のマネジメントのカギとなります。

2.『介護事故』と『介護リスク』

ここから先は、第1章:リスクマネジメントの①~⑧の考え方と方法についてみていきたいと思いますが、ここで、若干、言葉の使い方を整理しておかなければなりません。あまり厳密に言葉にこだわっても、介護事故や苦情を減らそうという本来の目的には役に立ちませんが、違った言葉のとらえ方をしてしまったために、混乱したり、間違った取り組みになっても困ります。

そこで、ここから先多く使います『介護事故』と『介護リスク』については次のような使い方をします。

『介護事故』

『介護事故』と言った場合は、介護サービス提供の中で発生する事故のことを言います。最終的な身体上の結果である、死亡(溺死、窒息死も含めて)、骨折、脱臼、打撲、内出血、裂傷、出血、火傷、擦傷、嘔吐、下痢、発熱、表皮剥離等と、最終的な結果に至った直接の出来事である転倒、転落、ずり落ち、膝折れ、溺れ、誤飲(異食)、誤薬、強打、自殺、無断外出、食中毒、感染症感染、等があった場合を『介護事故』とします。 「ペリル(Peril)」「ハザード(Hazard)」「リスク(Risk)」に区分した場合の「ペリル(Peril)」にあたるものです。

『介護リスク』

これに対し、『介護リスク』という使い方をした場合は、介護サービス提供の場面に限らず、広く介護事業の中で起こる、『介護事故』も含めた各種の事故や問題事を言うことにします。

これには、地震・台風・水害等の自然災害、火災、情報漏えい、訴訟、風評被害、労災事故、職員不祥事、運営資金問題さらには制度の変更への対応遅れや近隣からの苦情、建物や設備の老朽化や故障等多くのものがあります。

前者は“介護サービス提供上の事故”、後者は“介護事業運営上のリスク”ということになります。

リスクマネジメントで「リスク」という場合は、何らかの事態(損害)が起こることに関する不確実性のことを言うのですが、日本語では、結果である事態や損害を表す「ペリル(Peril)」や、結果をもたらすことになった要因や状況をいう「ハザード(Hazard)」とともにすべてを「危険」と訳して使っています。

介護事故と介護リスクの例

介護事故 介護リスク
  • 死亡(溺死、窒息死も含めて)
  • 骨折
  • 脱臼
  • 打撲
  • 内出血
  • 裂傷
  • 出血
  • 火傷
  • 擦傷
  • 嘔吐
  • 下痢
  • 発熱
  • 表皮剥離
  • 転倒
  • 転落
  • ずり落ち
  • 膝折れ
  • 溺れ
  • 誤飲(異食)
  • 誤薬
  • 強打
  • 自殺
  • 無断外出
  • 食中毒
  • 感染症感染 等
  • 地震・台風・水害等の自然災害
  • 火災
  • 情報漏えい
  • 訴訟
  • 風評被害
  • 労災事故
  • 職員不祥事
  • 運営資金問題
  • 制度の変更への対応遅れ
  • 近隣からの苦情
  • 建物や設備の老朽化や故障 等

3.事故や苦情が発生する対象(介護現場)の特徴を知る

介護事故や苦情発生の4つの特徴

介護事故や苦情の発生状況には4つの大きな特徴があります。

特徴1

「生活の場」であることから、リスクが365日、24時間のあらゆる生活場面に接して発生の可能性があることと、これに伴ってリスク対象が特定し難いこと

↓

他業種では営業時間内や運送中など、限られた場面で、しかも顧客が来店して購入している場面やサービス提供を受けている場面だけが事故発生の機会となるのに対して、介護事故は発生場面が365日24時間、生活のあらゆる場面で起こりうるという特徴があります。

特徴2

他の事業のサービス提供や生産現場と比較して、発生内容が財物的リスクより身体的リスクがほとんどを占めていること

↓

身体的リスクと財物的リスクの占める割合でいえば、例えば、販売業、製造もしくは修理業、不動産業、クリーニング業、運送業などの他業種を考えた時、製品の瑕疵や受託物の損傷や紛失、納期遅れなど、顧客の身体的なものより、財物的な問題事を事故ととらえなければならないことが多いのに対して、介護サービスを提供する場面で起こっている介護事故は、転倒、転落、誤薬、食中毒、感染症といった身体に関わるものがほとんどを占め、入居者同士のけんか、いじめなどのトラブルや、無断外出、徘徊、金品の盗難・紛失・破損、暴言などの心理的被害といった身体的なもの以外の事故の占める割合は多くはありません。

特徴3

一定の対象の集団に対しての事故ではなく、個別の対象(一人一人の利用者)との間で発生するという、高い個別性を持っていること

↓

提供するサービスや供給する物品が、サービスの利用者や物品の購入者の個別のニーズに即したものでなければならないのはどの業種も同じですが、他業種では、ある程度一定のサービスや商品と、それを求めるユーザーや消費者とのニーズ合わせが商品価値や購買意欲を決定しますが、介護サービスは利用者一人一人にオーダーメイドのサービスを提供して初めて、ニーズに適合し事故のリスクを減らすことができるという点を重視しないといけません。

このオーダーメイドのサービス内容を用意し提供するのが、ケアプランであり介護サービス計画ということになります。

特徴4

4つの領域のすべてのリスクに対応する必要があること

↓

一般にリスクマネジメントでは、4つの領域(象限)のうち、第3象限の発生頻度も低く結果の影響が小さな領域については、ある程度発生することを想定内として、一定の対処方法を事前に備え、リスクコントロールの対象としなかったり、第4象限の発生頻度は極めて稀で、発生した場合の影響が大きく組織の力では対応不可能なものは、保険によるリスク転嫁を図ったりします。

しかし、介護事業や介護サービスでは、その特徴からして、いずれに対してもリスクコントロールの対応をする必要があります。

介護事故4つの領域

4つの領域と具体的な介護事故

下図は、4つの領域と具体的な介護事故を当てはめたものです。aとbの領域も合わせて、自施設や事業に合わせて具体的な事故を当てはめて考えてみてください。

具体的な介護事故の例
A:よく起こるが、小さい事故(リスクコントロールの対象とする)
打ち身、内出血、爪切り等の裂傷、与薬忘れ、ずり落ち、ひざまずき
B:よく起こり、大きい事故(あってはならない状態)
C:あまり起こらず、小さい事故(コストや負担を考慮して、適宜対処する)
D:あまり起こらないが、大きい事故(リスクコントロールの対象とする)
誤嚥による窒息死、ベランダからの転落死、誤薬による死亡
経管栄養の滴下ミス、インスリン等の看護処置忘れやミス等による死亡
a:よく起こり、やや大きい事故(リスクコントロールの対象とする)
転倒・ずり落ちによる骨折、誤嚥・誤飲による体調不良
d:あまり起こらないが、やや大きい事故(リスクコントロールの対象とする)
やけど、器具等に挟まれたことによるケガ
※その他にも次のような特徴があります。
  • 目につかないところでの発生と原因不明が多いこと
  • 自由、自立、自己決定の重視が危険度を高めること
  • 介護側の情報とスキルが一定でないこと
  • 利用者自体のリスクが高いこと

4.予防(危険予知)と再発防止

『発見』と『把握』

介護事故や苦情のマネジメントで大切なことは、介護事故や苦情の特徴を知ったうえでの以下の2つです。

  • 起こるかもしれないことを予防するための「発見」
  • 現実に起こったことの再発防止には起こった状態を「把握」すること

この二つの違いは、前者が潜在的なもの(インシデント)、後者は顕在化したもの(アクシデント)と、区別するだけではなく、それぞれに何が必要かを知り、これを強化し、活かすための方法を考えることです。

前者の起こるかもしれない状態に対して必要なのは「能力」です。

後者にとって必要なのは「方法」です。

前者の「能力」は、事故の発生危険を予知する能力であり、苦情となるかもしれない状況を察知する能力です。

では、これらの「能力」を高めるにはどのようにしたら良いのでしょうか。

『発見』の能力を高める

「いつでもどこにでも危険は潜んでいるのだと常に意識をもつこと」と言っても、では何をどうしたら良いのかわかりません。もちろんそうした問題意識を強く持っていることは大切ですが、意識の話ばかりしていても始まらないので、具体的な方法を考え、実行する必要があります。「能力」強化の訓練を次のような方法で行ってはどうでしょうか。これは事故だけではなくサービスの質についても使えます。

  • 30分程度、数人の職員が集まっておこないます。
  • 材料は職員が撮影した写真またはビデオ(動画)を使います。
  • これをパソコンを通じてTVモニターに映し出し、「事故になるかもしれない」、「苦情になるかもしれない」状況を、自由に発言し合います
  • このような機会を手軽にもてる環境を作り、間隔を決めて実施することです。

出し合った、「事故になるかもしれない」、「苦情になるかもしれない」状況に対して、『では、今日中にあの危ない置物の位置を変えましょう』『洗面台にコップや歯ブラシが雑然と置かれているのを整頓しましょう』といった対応をその都度とる方法でも構いません。

もちろん、小集団活動として行い、内容を重点的に絞り込み、対策立案、実施計画、定着化、効果の評価の段階を踏むようなものでもよいでしょう。ただ、発見・察知の「能力」強化策として考えるならば、前者のような方法を頻回に持つ方がより効果的と言えます。

教材として既製のイラストを使うと、自分たちの職場の状況そのもので作ったものでないことや、予め危険個所を想定させるようにイラストが描かれているので、発見のポイントがテストの回答のような形で出てきてしまう欠点があります。

写真や動画を使う利点は、職員が自ら自分の職場で撮影したものなので、細かな危険な状況にも考えがおよび、対応策は現実の職場状況を即改善することに繋がるといった一石二鳥の効果があります。

写真を使った危険「発見」例
写真を使った危険「発見」例

動画は職員や利用者の動きの状況から、事故発生の危険性やサービスの質の問題を事前に発見・察知するには有効です。

静止画とは違った「発見」があります。この方法を使っている施設では食事を提供している姿勢や、車椅子を押している様子を見て、「利用者の口の上の方からあのスピードでスプーンを差し出しているが、あれは誤嚥につながる」とか「あの速さで車椅子を押していて、もし足元に物が落ちていたら車椅子が傾いて危ない」など、動画ならではの活発な話し合いが行われています。

この方法で危険を察知する「能力」が高まると、万一事故が起きたり、その前段階のいわゆる「ヒヤリ、ハット」したことが起こった時に、要因をつかむ習慣がつき、要因分析力も高めることもできます。

この方法には次のような利点と効果があります。

  1. 文字ではなく、写真や動画で視覚に訴えることで臨場感が出て、「発見」力が発揮しやすくなる。
  2. 小集団活動として職場単位で行えば、個人では得られない「発見」ができ、職場の対策ひいては全体の対策に結び付く。
  3. 危険の未然の「発見」で手を打っていることが、実際に事故が発生した時の要因分析につながる。

情報からの『発見』

起こるかもしれないことを『発見』する力は、場面から察知する上記のような方法以外では、情報からの想定能力があります。

  1. 人の話、新聞や雑誌からの情報、旅行等外出先での見聞、他業種(同業の他の施設等でも構わない)の状況や現場からの情報、研修会参加時の情報などをもとに「自分の職場でもこんなことが起こるかもしれない」「自分の職場に当てはめればこんなことになるだろう」という見方をすることです。
  2. これも、その想定能力を引き出す場を作らないと、能力を高める動機づけや方法にはなりません。写真や動画で危険予知訓練をしたのと同じような、職場での小集団活動で発表する機会を作るのも一つの方法です。
  3. 介護事故が365日24時間のありとあらゆる生活場面で起こるかもしれないという特徴を持っていることが、こうした「状況の発見力」を高める方法が有効であることとつながっています。

『再発防止』

次に、後者の現実に起こった事故や苦情の再発防止の出発点は「状況の把握」です。既に顕在化した事故や苦情について第一段階として必要なことは状況の把握です。

  • 事故や苦情の再発防止には、真の原因に対する根本的な対策が講じられることが不可欠ですが、その前提は、発生した事故や苦情の詳細な状況把握です。ところが事故・苦情の報告書を精読しても、発生時の状況がつかめないものが多くあります。
  • 事故・苦情の報告内容は、個々の事故・苦情に対する当面の適切な対処と再発防止を図るための重要な情報であり、また、情報を集積して傾向分析から対策を立案するためにも活用されなければなりません。事例の収集が目的ではありません。「リスクの分析」を念頭に置いた情報の収集が大切なのです。

事故報告書

多くの介護現場では発生した事故・苦情の情報は、「事故報告書」「苦情報告書」といった様式に記載されているか、アクセス等のソフトで作成された「事故・苦情レポートシステム」にデータ集積されています。情報をとらえる方法では、紙媒体で整理する場合も、電子データとしてインプットし整理する場合も、項目設定が大切です。事故報告書は、作成目的である「再発防止のための情報」という点で考え、次の3点をおさえてください。

1.記載方法、記載項目を決め、徹底してその方法で書くこと

項目設定を適切(明確)にしておかないと、とらえられている情報が不足していたり、正しく記載されていないために状況の誤判断や当を得た対策が打たれないということになり、ひいては再発につながることになります。項目分けで表しにくい状況は、文章表現で記述します。

一般には以下の項目設定がされています。

  • 発生日時
  • 場所
  • 発見者
  • 当事者(職員・利用者)
  • 当事者属性(職種、性別、年齢、介護度、経験年数 等)
  • 事故態様(転倒、誤嚥 等)
  • 損傷状況(部位・程度)
  • 受付もしくは対応者、申立者
2.事実のみを記載すること

項目が予め設定してあると、あいまいな表現や記入者の憶測的なことや感想的なこと、判断的なことが入る余地が少なくなります。

設定された項目の事実が不明な場合は「不明」とし、該当しない場合は斜線を引くなどして、空欄を作らないようにすることです。(空欄は記入忘れとの区別がつかないため)

特に記述式で書く「経緯」や「状況」欄には憶測的なことを記入しないことが大切です。

3.事故状況をビジュアルにすること

状況把握は読む人によって違ってきます。間違ったとらえ方が事故原因の特定を誤らせます。できるだけ写真を添えるか事故現場の図示をしましょう。単に『ベッド下に転落していた』とだけ書かれていても、どのように倒れていたのかが分からないと、転落した原因もつかみにくくなります。ベッドの図と倒れていた利用者の頭と足の向きが書いてあるだけで、事故の状況が非常にわかりやすくなります。

繰り返しになりますが、事故報告書は再発防止のために原因分析をする際の情報であることと、家族等の関係者への事実報告の情報であることを考えれば当然のことです。最悪の場合、訴訟時の資料でもあるからです。

リスクの評価

このようにして再発防止の出発点である「状況の把握」が十分に行われたとして、再発防止の次のステップは「リスクの評価」です。

原因分析に入る前のステップとして、リスクを評価する必要があります。何を評価するのかと言いますと、取扱いのレベル、優先度を評価するのです。予防の対象については、いくつか予見された危険の中から緊急性や重大性を評価します。また、既に発生した事故や苦情についても、すべてについて再び起こらない様な取り組みをしなければなりませんが、まずは当面の対策を講ずること、そして更に根本的な発生原因に対する対策にまで進めることとの2段階がありますので、その評価も必要です。

これらは『事故や苦情が発生する対象(介護現場)の特徴を知る』で説明した【リスクマネジメントの4つの領域】から優先順位を評価します。介護事故の特徴として、どの領域に入るものに対しても手を打たなければ利用者の安全・安心は保てません。その中で取り組みの段階に順序をつけるための評価をするわけです。

例えば、危険を予知するトレーニングで見た画像の中に、『テーブルの端に置かれているコップ』と、『ベランダの手すりの前に置かれている椅子』を見つけたとします。『コップが落ちて起こる危険』と『ベランダの椅子に乗って手すりを越えて転落する危険』をどのように評価するかということです。かたや、コップの落ちる可能性の頻度とコップが落ちて起こるけがなどの影響度に対し、ベランダの椅子に乗り、手すりを越えて転落する可能性の頻度と転落してけがや死亡する結果の重大性との比較が、ここでいうリスクの評価になります。

それによって、そうしたことが起こらないように、そうなっている原因を取り除き、安全な状況を作り出す取り組みをするということになります。

実際に起こってしまったものに対しては、起こってしまった案件ごとに当面の対策をとって、再発の状況を見たうえで根本的な再発防止策をとるものと、即刻、再発防止のための原因を追求し、対策を講じなければいけないものとを評価します。

例を挙げますと、『利用者がベッドに腰掛けて靴をしっかり履くために屈んだとき、ベッドわきのポータブルトイレの肘掛に額をぶつけた』という事故と、『利用者が一人でベッドからポータブルトイレに移ろうとして、ポータブルトイレにつかまった途端、ポータブルトイレごと倒れ、腰を打ち、腰の骨にひびが入った』では取り組みのレベルは異なります。

前者では、当面の対策として、『ポータブルトイレが、屈んだ程度で当たらない場所に位置をずらす』などをしたうえで、しばらく再発の危険を監視し、必要であればさらに根本的な原因追求と対策をとるのに対し、後者であれば、ポータブルトイレの使用の状況も含めて、利用者の動きに対する見守りや介助、ポータブルトイレの使用の可否を検討して対策を講ずることが必要です。これはリスクを評価することによる2つの違う取り組み例です。

5.原因分析

事故・苦情を減らすための原因分析

介護事故や苦情を減らすためのマネジメントを、「介護事故や苦情の特徴を知る」→「予防と再発防止のためのリスクの発見と状況把握に基づきリスクを評価する」という順序で考えてきました。ここからは次のステップで「要因や原因を分析して対策を講じる」ということを考えていきます。

辞書によれば『原因』とは、「ある物事や状態を引き起こしたもの」とあり、『要因』は「主な原因」「物事の成立に必要な因子」とあります。いま、介護事故や苦情の発生防止を、予防(まだ発生していないものに対しての)と再発防止(すでに発生したものに対しての)の両面からマネジメントする場合、要因分析という言葉は予防に、原因分析という言葉は再発防止に当てはまります。

少なくとも、予防的に発見したリスクに対しては「原因」とは言わず、発生した事故には「原因の中の主な要因」とか、その原因を作った因子として「要因」という見方はします。ここでは、対策が最終目的なので、予防にしろ再発防止にしろ、事故を起こす(あるいは起こした)結果をもたらすことになった要因や状況をいう「ハザード(Hazard)」を対象に分析をする意味で原因分析という言葉を使います。

個別事例分析とデータ解析

介護事故や苦情の原因分析は個別の事例と集合的状況の2つの方向から行うことが必要です。集合的状況からの分析とは、個々の事故や苦情の報告書データを集めたものをもとに行うデータ分析です。定量的な分析をすることです。

多層的原因分析と多角的原因分析

もう一つの分析アプローチの分類は、多層的原因分析と多角的原因分析です。

多層的原因分析

多層的原因分析とは、「原因の原因」を掘り下げて分析していくことです。『なぜ、なぜ』を繰り返しながら真の原因に深めていく方法です。

多層的アプローチ
(「なぜ、なぜ」の繰り返しによる真の原因追求)
多層的原因分析

多角的原因分析

多角的原因分析は原因を構成している要因を拡げて考えていく方法です。これには5M法やSHELL分析などがあり、広く知られている方法です。

多角的アプローチ
(「人」「物」「手順」など、多方面の要因から原因を探る)
5M法
  • MAN(人)
  • MIND(意識・精神)
  • METHOD(方法・手順)
  • MATERIAL(材料・もの)
  • MACHINE(機械・器具)
SHELL分析
  • S:ソフトウェア
  • H:ハードウェア
  • E:環境
  • L:本人(当事者)
  • L:他人
特性要因図
特性要因図

多層的原因分析、多角的原因分析をうまく使う

多角的原因分析をしていて陥りやすいのは、5Mで原因を探っていながら、METHOD(手順・方法)やMACHINE(器具・設備)、 MATERIAL(使用材料)には考えがあまり及ばず、MAN(人)やMIND(こころ、精神)に原因を求めがちになることです。

MAN(人)やMIND(こころ、精神)に原因を求めると、温情主義もしくはパターナリズムと言われるものに陥りやすく、『一生懸命にやっているのに気の毒だ』とか『普段はよくやっている人がたまたま起こした不注意だから』というところに落ち着いてしまい、あたかもその処置は職員の気持ちに沿った今後にとって良い処置であったかのようなことで終わってしまう危険性があります。

反対に悪い方向に結果を持って行ってしまう危険もあります。責任問題にしたり、ペナルティを課したりすれば、職場全体が隠ぺい体質になり、必要な情報が出ない、大切な「状況把握」自体ができない状態になってしまいます。

また、MAN(人)やMIND(こころ、精神)が原因であるとした場合にその先の多層的分析をしない点も問題です。例えば、MIND(こころ、精神)に原因があったとして、それが「担当職員の注意が足りなかったから」となった場合に、「当該職員に十分注意するように教育する」ではなく、注意が足りなかったのであれば「なぜ、注意が足りなかったのか」、「二つの仕事を同時にしていたので注意が足りなかった」のであれば「なぜ、二つの仕事を同時にしなければならなかったのか」と、なぜを繰り返す多層的原因分析が必要です。

いずれにしても、事故の要因を個人にもってこずに、人はミスを犯すものと考えて、事故を発生させる仕組みや、やり方を常に見直すことです。そうすれば個人の力ではない組織の力で事故や苦情の減少に取り組むことができます。

この多角的分析と多層的分析を、視覚的に考え、整理していくために役立つ方法がQC7つ道具の特性要因図です。 いわゆる魚の骨(FISH BONE図)です。もちろんMAN(人)やMIND(こころ、精神)に原因を求めた場合でも、小骨に対する具体策が講じられれば、精神論に終わらない対策となり、定着化も図りやすくなります。さもないと、個人への注意・指導もしくは一時的な責任感や緊張感を高める方法になるため、持続性や継続性、普遍性が弱いといえます。

MAN(人)やMIND(こころ、精神)以外のM(手順・方法、器具・設備、使用材料)で原因を見つけることができると、その対策は恒久的で普遍性もあり、継続的な改善につながります。

例えば、「自立歩行や立位保持ができない利用者がベッドから一人で起き上がり、ベッドから降りようとして転倒し、骨折した事故」に対する原因分析で、「起き上がってベッドに降りるところを誰もみていることができずに転倒させてしまった」ことが主要因として挙がった場合、「だれもみていなかった」ことだけではなく、「離床センサーやセンサーマットが使われていない」ことに原因を求めることなどがあげられます。

SHELL分析でも同じことが言えます。ソフト(SOFT)、ハード(HARD)、環境(ENVIRONMENT)、人(LIVEWEAR)の各側面から原因を分析することで、いずれかに偏った見方をしない多角的なアプローチよる原因分析が可能となります。

では、集合的な状況をデータとして分析する場合はどうでしょうか。こちらの場合にもデータからみられる推移や割合、データ間の相関関係、データの分布状況(バラツキ具合)をもとに、そうしたデータ結果となった原因を多層的、多角的に分析していく方法は同じです。

『データ収集』と『データ分析』

データ分析は、データそのものの信頼性とデータのもつ意味合いが基本となります。データは原因分析に使え、対策立案に結びつくものでなければなりません。

具体的には下記のようなことに留意して収集しましょう。

データ収集
  1. データは事故や苦情の状況を正しく表しているか
  2. データは目的に必要な適切な使い方(層別)でとらえているか
  3. 傾向、相関関係、分布などデータの把握するのに適した集積方法になっているか

データ分析方法

データを使っての分析方法にQC7つ道具を使うと便利です。

データ分析方法(QC7つ道具)
チェックシート 数量データを把握する
特性要因図 原因と結果の関係を体系的に示す
層別 グループ分けしたデータをとる
パレート図 重点的対象をつかむ
ヒストグラム データのばらつきの程度をみる
散布図 対になったデータの関係を示す
管理図 異常データの有無を把握する

QC7つ道具

層別

層別は、グループ分けしたデータをとることを言いますが、ある程度意図された分析のために、グループ分けをして、データ間の相関関係を調べたり、原因の仮説を立てていく過程で新たな層別データをとったりすることもあります。

例えば、曜日別の送迎誤りの苦情(お休みの人を迎えに行ってしまう、曜日変更で今日迎えに行かなければならなくなった人を迎えに行かなかった)の件数をとらえていた場合、曜日別苦情件数という層別に加えて、変更を受け付けた担当者の職種別のデータが必要になるケースがあります。仮にこのような苦情が曜日別では月曜日が多いとします。

仮説
  1. おそらく、休みの連絡や曜日変更の連絡が月曜日の前日(日曜日)、もしくは前々日(土曜日)に入った場合には、通所サービスが土日休みのため、連絡を受け付ける担当者が通所サービス事業にかかわるものではない人(例えば、事務職や入居サービス部門の職員)が受け付けることが多いのであろう。 
  2. そのために、月曜日の送迎業務の開始時までにその情報が通所サービスの担当者にしっかり伝えきれていないのかもしれない。
  3. それが月曜日に間違いが発生しやすい原因かもしれない

この仮説を原因として特定するために「受付者の職種」という新たな層別データをとらえていくような方法です。

したがってデータの取り方は固定的な層別で集積するのではなく、新たな層別データを収集していける事故報告書様式やデータ管理ソフトが必要です。

例えば、事故に関わった介護職員の経験年数別という層別データと、介助場面(食事、排せつ、入浴等)別事故の層別データとがあり、2つの層別データの相関関係を調べた結果、同じ経験年数であってもバラツキのある結果が出たとします。

ここで同じ経験年数でも同一事業所であったか、異なる事業所経験であったかのデータがあれば、事業所ごとの介助方法が統一されていなかったことが原因として浮かび上がってくる可能性があります。

こうした柔軟なデータ集約がデータを使った原因分析には必要です。

パレート図

パレート図は重点的対象をつかむために作成するものです。対策の効果性を高めるのに役立ちます。

転倒事故の発生場所別データが、居室、食堂、浴室、廊下、トイレ、その他の場所という6か所の層別でとらえられていて、 居室が40%、食堂が24%、浴室10%、廊下8%、トイレ6%、その他の場所12%であったとします。

図のようなパレート図で累積割合を見ていくと、居室と食堂の合計で全体の64%、2/3を占めていることが分かります。

この2か所の事故を軽減させれば全体の転倒事故の軽減が大きく図られるということになります。このようなデータの見方に使います。

パレート図
パレート図

散布図

対になった2つの状況や事柄の相関関係を調べるのには散布図やマトリックスを作成してどのような関係があるかを調べ、原因の特定に結び付けます。

図は誤嚥事故の件数と事故に関わった職員の経験年数との相関関係を調べたものです。

●印の状態ですと事故件数の多さと職員の経験年数には負の相関関係があることになります。(つまり、経験年数が多くなるほど事故の件数が減る)

○印の状態ですと正の相関関係があると言い、経験年数が多くなると事故件数も多くなるということが分かります。

そのどちらでもない×印のような状態ですと事故件数と職員の経験年数には相関関係がないことになります。この場合は原因的なものがつかめていませんので対策の対象とはなりません。

散布図
散布図

マトリックス

同じ相関関係でも浴室における事故件数の「利用者介護度別」の「受傷内容別」相関関係を調べる場合は、下図のようなマトリックスで表すことで、原因や仮説による更なる分析に結び付けることができます。

介護度別に割合の高い受傷内容を把握し、利用者の状態と各受傷内容との関連から一定の仮説を立て、原因の特定→対策立案に進むことができます。

受傷内容 介護度1 介護度2 介護度3 介護度4 介護度5 総計
骨折 1 6 1 6 1 15
擦過傷 3 7 3 4 17
切り傷 1 1 2
打撲 2 8 12 3 3 28
内出血 1 1 4 1 2 9
捻挫 1 1 2 4
総計 6 18 24 14 13 75
マトリックス

ヒストグラム、管理図

その他、データのバラツキの程度をみるヒストグラムや、異常データの有無を調べる管理図があります。

このように、介護事故や苦情の軽減の原因分析と対策立案の目的には、特性要因図、層別データをとるためのチェックシート、層別、重点対象絞り込みのためのパレート図、2つの状況や事柄の関係性をみる散布図またはマトリックスといったQC7つ道具が活用できます。